大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和34年(家)4896号 審判 1959年10月19日

申立人 長田光比児(仮名)

右申立人法定代理人 長田正治(仮名) 外一名

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立人の申立の要旨は申立人の名「光比児」とあるを「允彦」と改めるについての許可を求めるというのである。その理由とするところは、申立人は昭和二九年九月○○日出生し、「允彦」と命名せられたが、申立人の親権者父が出生届を他に依頼したところ、光比児として届出されたものであるから、これが戸籍訂正を求め、若し戸籍の誤記はないというのであれば、永年允彦として通用しているから戸籍法一〇七条により改名許可を求めるというのである。

一、そうして申立人の戸籍謄本によれば、申立人は昭和二〇年九月○○日茨城県○○○村にて出生したものとして、「光比児」名にて同二四年五月二四日申立人の父より出生届が提出せられ、同年九月二四日肩書本籍地送付、その旨入籍したことになつていると共に東京都○○区において昭和二〇年九月○○日出生したものとして前同様父より昭和二四年八月二七日「親平」名にて出生届が出され、同年九月二四日本籍地送付入籍した旨の記載がある。しかしこれは所謂復本籍になるので、当裁判所にて昭和三四年四月二八日後者の戸籍記載を抹消する旨の戸籍訂正許可の審判があつて、その旨戸籍が訂正せられたものである。

一、このように申立人について「光比児」名にて、或は又「親平」名にて出生届が出されたことについては、出生届当時当用漢字制限のため、「允彦」名の出生届が受理されなかつたことが一原因となつているであろう。尤もこれより先き申立人の出生当時の昭和二〇年九月には漢字制限の法令がなかつたので、或は申立人の親権者たちにおいては申立人を「允彦」と命名していたのかも知れないが、偶々戦後の事情などのため出生届が遅れ、ようやく出生四年後に出生届を出すに際して、戸籍管掌者より允彦は制限外漢字である旨摘示されたので、已むなく同呼称の「光比児」と届出すると共に、姓名判断上「親平」名の出生届が為されたものと思われる。

一、従つて申立人名が「光比児」として戸籍上登記されている点については、何等の錯誤もないから、前敍復本籍削除の外はこの点について戸籍訂正をする理由はない。

一、次に「允彦」名を永年使用しているから、その旨改名許可を求めるという点については、申立人父母の言によれば、姓名判断により出生時から「ミツヒコ」の呼称で「允彦」と命名し、その後引き続き常用しているとのことであるが、申立人命名の動機、原因は、ともあれ、申立人は未だ当一四才の児童であつて、特に資産収入等のあるわけでないので、対社会的関係として考慮せられるべきところは、主として修学関係があるにすぎない。従つて申立人の現境においては、経済取引社会などに立つものと違つて、自己表示には「みつひこ」の呼称でさえあれば、可能であつて、それが「允彦」でなければ通用しないということはない。仮りにそうでないとしても、その対社会的関係が狭いだけに今後「光比児」を以て自己を表示する旨の一片の告知によつて、容易に戸籍名の通用ができるわけである。それに加えるに「彦」という漢字は、その後当用漢字中に人名用字として追加されたとはいえ、「允」という漢字の方は、当用漢字にはなく、且これが充に類似しているところから、これを「ミツ」と読む例はないではないが、その読み方は必ずしも通例であるとは思われない。勿論これを如何ように読むかは、それにより表示されている者がその難読の不便さえ甘受すれば、それは当人の自由であり、又命名は親権者の親権の範囲に属するものであるが、それには子の利益保護を考慮すべきである。尤も申立人の親権者は、この点について「允彦」名が姓名判断上子のためであると云うのであるが、それには科学性がないだけでなく既に「光比児」として登記されている戸籍名を、更に一層不便な「允彦」と改めようとするのは親権者の道楽にすぎないであろう。改めるべきは「允彦」えの改名でなく、「光比児」を使用することである。しかし若し申立人自身において、今後事理の弁別の能力を有するに至つた暁、自ら顧みて親よりつけられた戸籍名を以て自己が表示できないような場合には、自己の能力と責任において改名を考えればよいのである。

畢竟本件申立は永年使用の故を以つて改名を求めるというに在るけれども、永年使用の故を以て、改名について正当の事由があるとされるのは、戸籍名では自己表示ができず、常用名を以てのみ自己を表示できるような場合とか、或は少くとも自己を表示するに、戸籍名よりも常用名が妥当するという特別の事情のある場合でなければならぬと解するところ、本件は、「光比児」を、更に読み難い「允彦」名に改名しようとするのであり、しかも呼称としての「ミツヒコ」であれば格別、書面等に表示された「允彦」名の使用は申立人の年齢その他より考えて必ずしも広く、常用されていたとは思われないので、申立人を表示するは光比児を以て足るから本件申立は理由はない。

(家事審判官 村崎満)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例